2012年4月28日土曜日

カビ対策マニュアル 基礎編−文部科学省


2−1 カビの生育環境

<水分>

 微生物の生育に水分が不可欠であり、水が全く存在しない環境では全ての微生物が生育不可能である。物質中に含まれている水は通常は遊離水(自由水)、結晶水、水素結合水、水和水(タンパク質、糖質、脂質、その他との水和)および氷の状態で存在しているが、微生物が利用可能な水分は自由水のみである。すなわち自由水とは、環境の温度、湿度の変化で容易に移動、蒸発および氷結が起こる水である。自由水が減少すると生育速度の低下や生育が停止するなど自由水は微生物の増殖に非常に重要な因子となっている。自由水を定量的に表す指標として水分活性(Awwater activity)が用いられている。Awは本によってはawと記載されている場合もある。

 実際の測定は試料を入れた密閉容器内が平衡状態に達した時の湿度(平衡相対湿度:ERHEquilibrium Relative Humidity)を測定することにより水分活性を求めることができる。

 すなわち、試料を入れた密閉容器内の平衡相対湿度が90パーセントならば、Awは0.9となる。なお、大気中の湿度は相対湿度(RHRelative Humidity)で表される。一方、大気中の水分は温度が低下することにより飽和水蒸気圧が低下し、結露が起こる。この結露が起こる温度を露点といい、特殊な露点温度計や電気抵抗値で自動計測することができる。資料等の収納庫や展示ケース内では環境中の水蒸気と常に平衡状態が保たれているため緩やかな温度変化には結露への影響が少ないが、急激な温度変化により結露や水分活性が上昇し、カビ等の生育可能領域に入ると増殖が始まる。これらについてはカビの制御方法のところで解説する。
 細菌、酵母、カビの増殖に必要な最低Awは、表2に示すように細菌類は一般に高いAwを必要とするが、酵母ではそれよりやや低いAwである。しかしながら、特に耐浸透圧性酵母(塩分の多い環境でも生育可能)は0.61とかなり低い。カビは酵母よりもやや低めのAwであるが、特に乾性カビ(好乾菌)は微生物の中でも最も低いAw環境で生育可能である。博物館等での保管資料にはこの分野のカビが問題となる。次にAwが低くなるとカビ胞子がサブロー寒天培地(カビ培養用培地)上で発芽に要する時間(日数)にどのように影響するのかを図5に示した。クモノスカビや黒コウジカビの胞子はAwが低い場合には発芽に要する時間が長くなる。低いAwでも生育の可能な黒コウジカビでもAwが0.8以下になると極めて発芽し難くなる。
 通常では対象とする物質のAwを0.6以下に保持するとカビは全く生育できない。これを維持するために環境の相対湿度を温度変化に拘わらず常に60パーセント以下に保つことが必要である。

表2 微生物の生育可能な最低Aw


解糖はどこに発生した
  Aw
細菌 緑膿菌、床ずれの原因菌(Pseudomonas aeruginosa 0.97
大腸菌(Escherichia coli 0.95
枯草菌、納豆菌の仲間(Bacillus subtilis 0.95
黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus 0.86
酵母 カンジダ、カンジダ症の原因菌(Candida albicans 0.94
アルコール発酵酵母(Saccharomyces cerevisiae 0.89
耐浸透圧性酵母、醤油の熟成酵母(Saccharomyces rouxii 0.61
カビ ケカビ、アミロ菌(Mucor rouxii 0.93
クモノスカビ(Rhizopus nigricans 0.94
青カビ(Penicillium citrinum 0.83
黒麹カビ(Aspergillus niger 0.88
乾性カビ、好乾菌(Aspergillus repens 0.65
乾性カビ、好乾菌(Aspergillus ruber 0.65


図5 カビ胞子のサブロー寒天培地上での発芽に要する日数


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<酸素>

 微生物には、生育に酸素を必要(好気的呼吸)とするものと必要としない(嫌気呼吸)ものが存在する。カビは空気(分子状の酸素)の存在無くして生育不可能である。一方、メタン菌やボツリヌス菌などは酸素が全く存在しない環境でのみ生育可能である。このように酸素を必要とする性質と必要としない性質を好気性および嫌気性と言う。微生物の生育環境を環境気体中の酸素分圧(酸素濃度)や水中あるいは水を多く含む物質中では酸化還元電位(ORPOxidation Reduction Potential)で表すことができる(図6)。カビや酢酸菌は偏性好気性菌(絶対好気性菌とも言う)に属し、生育のための酸素分圧条件は大気中と同じかそれ以上必要である。言い換えると空気が無いと生育できない。したがって除酸素や窒素置換した環境では全く増殖できない。資料を厚手のポリエチレン袋に入れ、脱酸素剤を入れ密閉シールすると簡単に無酸素環境にすることができる。しかし、無酸素あるいは窒素環境下においてもカビ胞子は死滅せず生存しており、酸素環境条件が調うと直ちに発芽して増殖をすることに注意を要する。腸内細菌群(大腸菌の仲間)や酵母類は通性嫌気性菌であり、酸素が存在する方が良く生育するが、酸素が無い状態(大腸内の環境)でも生育可能である。また酵母類は酸素が無くなると嫌気呼� �(発酵)によりエネルギーを獲得する。偏性嫌気性菌(絶対嫌気性菌とも言う)は、分子状酸素(気体状酸素)あるいは酸化体の濃度が高い環境では全く生育できない。


図6 酸素環境および酸化還元電位と微生物の生育

  ORP(E)は、以下に示すネルンストの式によって与えられる。すなわち水に溶けている酸化体と還元体の活量の比の自然対数と気体常数、絶対温度およびファラデー数と標準電極電位で与えられる。

 実際の測定は、白金電極と飽和カロメル電極(SCE)からなる酸化還元電位計により簡単に測定できる。低い酸化還元電位や低い酸素濃度を利用したカビの生育制御は空気中の酸素濃度、水中では酸化還元電位の測定を継続的に行いカビの生育条件領域外に環境を維持する必要がある。

<炭酸ガス>

 非常に低濃度の炭酸ガスは、好気性微生物の生育促進作用があるが、大気中の炭酸ガス分圧が通常環境よりも高くなると生育阻害作用を示すようになる。さらに、微生物の呼吸に伴って発生した炭酸ガスの排出圧よりも、外部の炭酸ガス分圧を高くすると強い呼吸阻害を起こして増殖が停止する。また、純炭酸ガス雰囲気下では、特にカビなどの偏性好気性微生物は炭酸ガスの作用と無酸素状態の相乗的な働きにより、増殖が完全に停止する。

<窒素およびアルゴン>

 前述したが、空気を窒素ガスやアルゴンで置換すると好気性微生物は呼吸が停止し、増殖が強く阻害される。偏性好気性のカビの生育抑制には、不活性ガスである窒素およびアルゴン置換が有効である。


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<温度>

 生育可能温度で微生物を大まかに分類すると、0度近傍を最適温度領域とし20度以上では増殖できないものを好冷菌、20〜45度を最適温度領域としているものを中温菌、45〜60度を最適温度領域としているものを好熱菌、60〜80度を最適温度領域としているものを高度好熱菌および90〜100度を最適温度領域としているものを超好熱菌となる。カビ、酵母及び細菌の生育可能温度と最適生育温度を表3に示す。なお、凍結すると前述の自由水が氷結し、利用可能な水分が存在しなくなるため増殖が停止する。しかし、カビ胞子や細菌芽胞などは生存していることに注意しなければならない。

表3 微生物の生育可能温度領域と最適生育温度

微生物 生育可能温度領域 生育最適温度
カビ 0〜40度 25〜28度
酵母 0〜40度 27〜30度
細菌 0〜90度 36〜38度

 微生物の極限環境と言われる0度近傍や100度近傍を除外すると、通常のカビや酵母は0度以下または40度以上にすると生育不可能である。しかし、0度近傍では生育速度が非常に遅いが、半年あるいは数年後に目視で観察されるまでに生育する低温カビも存在するので、冷蔵保存する場合には特に注意を要する。
 カビは通常は菌糸と胞子の状態で存在するが、その胞子には分生子(無性胞子)、子嚢胞子(有性胞子)および接合胞子が存在する。子嚢菌の麹カビと青カビを例としてカビ胞子を水に懸濁した状態での耐熱性について、表4に示した。子嚢胞子は最も耐熱性が高く、次いで分生子の順となっている。しかし、菌糸は胞子よりも耐熱性が低く、50度でほとんどの菌糸が死滅する。80度において、30分程度の加熱処� ��によりほとんどのカビが死滅することがわかる。

表4 カビの耐熱性


カビ 胞子 熱死滅条件
温度 D値
麹カビ(Aspergillus sp. 分生子 50度 5分
子嚢胞子 65度 50分
青カビ(Penicillium sp. 分生子 60度 2.5分
子嚢胞子 82度 6.7分
D値
一定温度で加熱した時、生菌数が1/10に減少させるのに必要な加熱時間(分)

 しかしながら乾熱(乾燥状態での加熱)では、カビ胞子(分生子、子嚢胞子、接合胞子、厚膜胞子)を死滅させるには120度以上で60〜120分程度の加熱時間を必要とし、非常に耐熱性が高い。したがって、資料上に付着あるいは生育したカビの加熱殺菌は不可能であることがわかる。

<pH(ペーハー)>

 水素イオン濃度(pH(ペーハー))は、生物細胞内の生化学反応に重要な環境因子の1つである。pH(ペーハー)環境により生物を分類すると、好中性生物(pH(ペーハー)5〜9に至適増殖領域を示す生物。大半の高等生物がここに含まれる。)、好酸性生物(pH(ペーハー)5以下に至適増殖領域を示す生物。極端な酸性条件では、生化学反応の調節の乱れやタンパク質の変性が見られるが、これらの条件に耐えうる生化学的資質を有する好酸性菌など。)、および極限環境中にはpH(ペーハー)1以下の条件で至適増殖領域を示す生物(古細菌)も存在する。
 カビの生育可能pH(ペーハー)領域は2〜8.5であり、最適pH(ペーハー)は4〜4.5と非常に狭い領域である。しかし、生育可能pH(ペーハー)範囲が広いことより注意を要する� ��

<圧力>

 細菌や酵母の懸濁液を圧力容器に入れ、室温下で圧力(静圧)を上昇(20〜40MPa(メガパスカル))させると細胞内タンパク質が徐々に変性(水素結合の切断による凝固)し、これに伴って生育速度が低下する。さらに圧力を高める(80〜100MPa(メガパスカル))と死滅する。

2−2 カビの生理生態

<寿命>

 カビの寿命は形態や器官(分生子、子嚢胞子、接合胞子、厚膜胞子、菌糸)により大きく異なる。胞子の寿命は非常に長いが菌糸はかなり短い。通常の寒天平板上では、培養後1ヶ月経つとコロニーの周辺部の菌糸は生存しているが、コロニーの中心部の胞子形成した株の菌糸は死滅している場合が多い。斜面培養したカビ菌糸の乾燥を防ぐため高湿下において13〜15度で保存した場合、おおよそ1〜3年で菌糸は死滅する。一般に、菌糸は過度の乾燥下あるいは氷結温度付近では数週間で死滅する。


<栄養源>

 カビは細菌に比較して非常に多種多様の栄養源で生育することができる。まず炭素源では単糖類(グルコース、フラクトース、マンノース、ガラクトース等)、二糖類(サッカロース、マルトース等)、オリゴ糖(メリビオース)および多糖類(澱粉、セルロース等)を利用する。澱粉糖化酵素やセルロース分解酵素を細胞外に分泌し、単糖あるいはオリゴ糖にまで加水分解して吸収する。窒素源として無機窒素(塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム等)および有機窒素(各種アミノ酸、タンパク質)を利用する。また、リン酸塩、硫酸塩やミネラル(鉄、マンガン、マグネシウム、カルシウム、カリウム、ナトリウム等)を必要とする。

<カビ酵素の産生>

 一般に、酵素は生物体内反応の全てを起こすタンパク質触媒であり、これら代謝反応に関与する酵素は、生体膜(細胞膜や細胞小器官の膜)に結合している膜酵素、細胞質や細胞外に存在する可溶型酵素に分類される。可溶型酵素のうち、細胞外に分泌される酵素を特に分泌型酵素と呼ぶ。酵素はその触媒機能により酸化還元酵素、転移酵素、加水分解酵素、リアーゼ、イソメラーゼ、リガーゼに分類されているが、細胞外に分泌して作用する酵素の中でも特に注目すべきはタンパク質、脂質、多糖(炭水化物やセルロース)を加水分解する多種多様の酵素群(プロテアーゼ、ペプチダーゼ、リパーゼ、セルラーゼ、アミラーゼ等)である。カビがこれらの酵素群を細胞外に分泌し、タンパク質、脂質、糖質から加水分解作用によ� �低分子化合物(アミノ酸、グルコース、マルトース、グリセリン、脂肪酸等)に分解した後、吸収して栄養源としている。

<カビの色素産生>

 最も有名なカビ色素である紅麹カビ黄色素や赤色素は紅麹カビ(Monascus purpureus)が産生し、食品添加物として使用されている。しかし、大多数のカビは赤色、橙色、褐色、赤褐色、黄褐色、黄色、淡黄色、紫紅色等の様々な色素を産生する。一方、胞子は黒、黒褐色、褐色、緑色および白色のものが多く見受けられる。資料表面上に発生したカビは、既に組織内部にまで菌糸を伸張し、生育に伴って上記のような色素産生および着色胞子を着生し、資料に重大な汚染と影響を与えている。カビの産生色素や胞子による着色は化学的除去や物理的除去が非常に困難である。



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